- 都市の機能とはどうあるべきか。機能的で経済性に富み、快適かつ安全でなければならないというのは、誰にも異論はないところでしょう。
- ただし、それだけでは足りない。過不足なくこれらの条件を満たしても、住んだり利用する人にとって味気なく、魅力や誇りを感じられないものになってしまっては元も子もありません。都市にはもうひとつ、外せない大切な要素があります。そこには夢がなければいけません。
- 私は何年もかけて、ベネッセを築いた福武總一郎さんと一緒に、瀬戸内海に浮かぶ離島を一大アートの拠点にするプロジェクトに関わりました。いくつもの美術館や宿泊施設を設け、一流のアーティストに依頼して「場」に合う作品をつくってもらいました。結果、直島はいまや世界中から人を呼び込む屈指の観光地となっています。
- しかし直島は、はっきりいって不便です。そこへ辿り着くには、岡山か香川から船に揺られるしかありません。どうやら直島へ行く人、特に外国の人たちは、不便を気にしていない様子なのです。船を待っている間に、海景を眺め会話をし、寛いでいる。今の社会からどんどん消し去られている不便を、味わい楽しんでいるフシがあります。
- 直島は地の利の悪さを逆手にとって、不便を承知で行った先に本物のアートと出合える「夢の島」という地位を確立したのです。場所に夢を宿らせることは、機能や効率、快適さよりも勝る。それを証明する例です。
大阪・中之島を空から望む。大阪の街の中心地に、意外なほど豊かな緑が根付いていることがよくわかる。桜の通りをつくる安藤さんのプロジェクトは現在も拡大中。 - 同じようなことは、各地で見られるものです。私が住む大阪だって、道頓堀の界隈は雑然としていてクルマも通行しづらく、機能性や効率が決していいとはいえませんが、あそこでタコ焼きでも頬張ってみれば、なぜか「ああ生きているな」という実感が得られますよ。
- 同じく大阪の中心に位置する中之島にも、散策に適した空間が意外なほどたくさんあります。2004年から、「桜の会平成の通り抜け」と称し、市民からの寄付金で約3000本の桜を植える活動を展開しました。その活動は将来の大阪万博に向け、さらに継続していきます。
- それによって地域の経済性が上がるわけではありませんが、そこに住み、働き、憩う人たちの心を豊かにすることに繋がります。胸を張って、ここが自分の街だと言えたほうがいいでしょう?一見、不便や無駄と思える部分が、住む人や訪れる人にとっての魅力を生み出しているのです。
場所に夢を宿らせることは、機能や効率、快適さよりも優る
- 東京は日本で最も変化の激しい街です。とりわけ渋谷は今、猛烈な勢いで開発が進んでいます。いったいどんな街に生まれ変わるのか、渋谷の未来に対して市民は、夢と期待を抱いているのではないでしょうか。
- もともと渋谷は、他の街にない個性的な面をたくさん持っています。多くの人が物語を共有する忠犬ハチ公、 あの像が駅前にあるというのは象徴的です。すぐ近くには、メキシコで発見されて海を越え運ばれてきた、岡本太郎の巨大な壁画《明日の神話》もあります。また、地形も独特です。駅周辺がすり鉢の底にあたる文字どおりの「谷」になっていて、 東西にいくつも坂が延びています。高低差を生かして、建物をうまく立体交差させていけば、どこにもない街並みが生まれると思うのですが。 それくらい大胆なことをしないと、個性的な街にはなりません。
- どこの都市も同じになってしまうことほど、つまらない事態はないでしょう。人でも街でも、強い個性がなくては輝きを放てません。
- そして、都市の中心となるのが駅です。私が東急東横線と相互乗り入れしている東京メトロ副都心線の渋谷駅のデザインに関わったのは2008年でした。地下2階のコンコースから地下5階のホームにかけて、楕円形の吹き抜けとそれを取り囲む卵形のシェルを入れ子状に組み込んであります。
渋谷駅の構造模型。大きな卵形の構造を上階から下階まで貫くかたちで配置。街には夢がなければならない。ならば駅にも、地下にも、夢を埋め込むべきという安藤さんの思想を体現している。 - この大胆な形態は駅の利用者に新鮮な空間体験をもたらすのみならず、経済性や環境にも寄与します。上部から入る風と鉄道が呼び込む風を空調として利用した、自然換気システムを実現。渋谷の地下空 間に大きな夢を持ち込みたいと考えました。それは未来の東京のあるべき姿なのです。
渋谷駅の空気の流れを示す図。地上からの空気をホーム階にまで取り入れることで空調を補い、環境に配慮した構造となっている。快適さと省エネも両立させた。 東急東横線、 東京メトロ副都心線渋谷駅のホームを上部から見下ろす。大きな吹き抜けは地下空間の圧迫感を視覚的に和らげるとともに、空調にも寄与する。 - また、東急大井町線の上野毛駅の設計にも関わりましたが、駅舎が公道を挟んで二分されているので、道路をまたいで屋根をかけました。駅を利用する人に「ここは自分の駅だ」と愛着を持ってもらいたかったのです。街の中心点たる駅をワクワクする場にするのは、街全体を面白くするためにぜひとも必要なこと。駅は単なる交通拠点に留まらないのです。
2011年に完成した東急大井町線上野毛駅。駅を二分するかたちで公道が通っており、安藤さんはその上に大屋根をかけ、中央に大きな穴をあけた。
複合化する街において 核となり得るのはホテル
- パリのセーヌ川岸にあるオルセー美術館は、駅舎兼ホテルだったものを改装して展示空間にしています。 駅がもともと、美術館に転用できるほどの建築だったということですね。
- パリの街は、古いものを生かして新しいものをつくることに長けています。その中心地で今、私が保存・再生に関わっている「ブル ス・ドゥ・コメルス」は、もともと穀物取引所として使われていた19世紀の建築でした。
- これを現代アートの美術館にしようというのですが、私は外観をそのまま残し、内部にコンクリートの円筒を組み込むことにしました。街の歴史と伝統と価値を損なわず、より高めるために考えた結果です。各国の都市は今、独自の魅力を醸し出すために決死の覚悟で競いあっています。変貌を遂げている渋谷も、大いなる夢を感じさせる街になってほしいものです。
- そのためには駅とともに、ホテルの役割も重要になるでしょう。多様な人が集まる都市は今後、いろんな機能の複合化が進みます。その際に核となり得るのがホテルです。快適な宿泊空間や大小様々な会合の場を提供するのはもちろんですが、加えてこれからのホテルはアフターコンベンションのメニューをいかに充実できるかどうかが問われます。
- レストランはどれだけ充実しているか、お酒を飲めるところはどうか、観劇をしたい人や美術鑑賞に行きたい人が満足できる受け皿はあるのか。これからは街の中身の充実を図っていくべきですね。
- ホテル、駅、そして街とは、世界中の人たちが行き来するものです。各国の名だたる都市とレベルの高い競争をしながら、個性を発揮していかなければいけません。そのためにはいったいどうすればいいか。そこに集う皆が誇 りに思える夢を、都市に埋め込むこと。それが何より肝要なのです。
パリ・ポンピドゥセンターの前で。2018年10月から12月にかけて、この近現代美術の殿堂で、これまでの仕事の全貌を見られる「安藤忠雄展『挑戦』」が大々的に開催された。背景に見えるコンクリート建築は、代表作「光の教会」の壁面。
Profile
-
TADAO ANDO/1941年大阪府生まれ。
独学で 建築を学び、’69 年に安藤忠雄建築研究所を設立。 代表作に 「 光の教会 」「 ピューリッツァー美術館」など。国内外に建築例は無数にあり、日本建築学会賞、文化勲章、フランス芸術文化勲章 (コマンドゥール)、ブリツカー賞ほか、国内外で受賞歴多数。’97年に東京大学教授に就任し、現在は名誉教授。2018年、パリ・ポンピドゥセンターで個展を開催。