INTERVIEW

2022.10.07
INTERVIEW

SPECIAL INTERVIEW "CHIZURU OOHARA"
大原千鶴「京都の本質は
日々の暮らしのなかにある」

今や京都の顔ともいえる料理研究家の大原千鶴さん。その活動は大原流の家庭料理を提案することだけではありません。京都・花脊(はなせ)の料理旅館で生まれ培った、食材の見極めや季節感ある盛り付けに加え、自然への感謝や食の大切さを伝えていく─。大原さんが想う料理と京都、日々の暮らしについてお話をうかがいました。
  • TEXT
  • Shinobu Nakai
  • PHOTO
  • Makoto Ito
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  • NHK『きょうの料理』での料理講習やテレビドラマの料理監修、家庭料理の書籍発刊と、多方面で活躍する料理研究家の大原千鶴さん。幼い頃から実家の料理旅館「美山荘」で、賄(まかない)料理を手伝っていたという。暮らしのなかでおのずと身についた大原さんの料理は、食材遣いや時短など知恵の集積。ことさらに華やかではないけれど、見た目にも優しく上品で、食べる人の心を潤す。
  • あるとき女性雑誌で、大原さんの料理で客をもてなす企画があり、その記事が反響を呼んだ。それをきっかけに、料理研究家としての道を本格的に歩み始めることになったとか。数年前につくった町家のアトリエでは、書籍の料理撮影をすることもあるが、料理講習会を開くなど、年を追うごとに仕事の幅も活動範囲も広げている。
  • 京都市内の町家を改装したアトリエでは料理の開発や撮影を行う。ときには講習会を開くことも。

食べるものがその人をつくる

  • 大原さんにも子育てや介護に奮闘する日々を送った時期があったが、そのときに疲れた心と身体を支えたのが家族と一緒に食べる食事。どんなに忙しくても、家族のために食事をつくってきたからこそ今がある、と大原さんは言う。
  • 「私がつくる料理は、あくまでも家庭料理なんです。実家では手の込んだ料理を出しますけど、そやからといって私も同じような料理をつくるわけではありません。お豆腐やお揚げさんは毎日のように使う。けど、湯葉や生麩はそんなにしょっちゅうは使わない。グラタンもハンバーグも、確かに私がつくることで京都のフィルターを通るかもしれませんが、日本全国、どこでも食べるような簡単につくれる家庭料理なんです」
  • 男女ともに仕事も子育てにも追われる時代だからこそ、手間をかけず、おいしいものをつくることこそが、つくる側にとっても食べる側にとっても心身を保つことになる、と言う。食材は少なくていい。例えばトマトをすりおろすだけ、胡瓜を切って何かと和えるだけでもひとつの料理になる。それでも、家族を想ってつくる料理には愛が満ちている、と。
  • 「食べてるときは、おいしいなあと思うんです。でも次の日になったら、昨日何を食べたか忘れてる。それくらいがちょうどいいんです。たとえシンプルな料理であっても、かえって食材のありがたみや美味しさを教えられることがあります。私は食べるものがその人をつくると思っていますし、おいしい瞬間や幸せな時間が人を助けるはずです」
  • 若い人のなかには、栄養が摂れればおいしくなくてもいいと考える人もいるかもしれない。時間が惜しいから、誰かと食事をしたりお酒を飲んだりすることもない。けれど、そんな生活を繰り返していると、「心も身体も疲弊してしまう」と大原さんは訴える。

京都の味、日常を伝える旅

  • 大原さんの活動のひとつに、京都の味を伝える講演会がある。例えば濃い味付の料理が多い青森に出向き、塩分を控えた身体に優しい出汁(だし)の旨味や活用法を伝授する。
  • 「寒い地域では、どうしても濃い味のものを食べがちです。そんな食生活を続けていたら、生活習慣病のリスクも高まるでしょう。けど、魚や野菜など美味しい食材はたくさんあるんだから、それで出汁をとったらいい」
  • 出汁をとるのは難しいと思われがちだが、煮干しをお湯で煮出すだけ、昆布を水に浸すだけでも出汁はとれる。そんな簡単なワンステップが、豊かで健康な食事につながっていく。
  • 京都へ来た人に大原さんがまず薦めるのが「おうどん」だそう。なぜなら、出汁のおいしさをたった一杯で実感できるから。
  • 「京都のきつねうどんは、お揚げさんを刻んで入れる刻みきつねなんです。くたっとしたお揚げさんや九条ネギに出汁がしみ込んで、ほんまにおいしい。ただ、同じように他府県でつくっても、やっぱり出汁が違うと同じ味にはなりません。料理はどこで食べるかも大切なんですね」
  • 日常的に京都人が食べているものと出合うことが、旅先での醍醐味でもある、と話してくれる。
  • 大原さんが言う京都の日常は他にもある。例えばお茶。お茶は葉を見極め、的確な温度や時間で淹れると驚くほどおいしくなる。近頃はホテルでも客室に急須や茶葉を置いているところがあるから、そんな時にまず体験して、味わいの違いを感じるのがいい、と。
  • 「お茶が上手に淹れられる人は何しても上手。ものの良し悪しがわかる人やと思います。お茶を上手に淹れるには、葉の質によってお湯の温度や茶葉の開かせ方が違う。そういうことを理解し、意識して淹れられるようになったらしめたもの。その方はもう、日本文化の上級者です。普段、お茶を急須で淹れてなかったら、最初は上手く淹れられへんかもしれません。けど、失敗してこそわかるものってあるでしょう。人生も一足飛びではだめやと思うんです。何度か経験して、こうすればいいと思えるようになることが大切で、それは自分と向き合う時間でもあるように思います」
  • THE HOTEL HIGASHIYAMAの客室に置かれた茶箱を手に取る大原さん。「急須や茶器を使ってお茶を淹れる時間が大切、心が落ち着いていきます」。

  • THE HOTEL HIGASHIYAMAのスイートルーム「higashiyama」(85.4㎡)。かつてこの地には窯元がたくさん存在し、近くを流れる白川の川底にはその名残りが。壁には採集された陶器の破片が埋め込まれ、和の空気感を醸している。

大原流、京都を楽しむコツ

  • 京都に暮らしながらも、ホテルに食事に出かけたり、お寺を訪ねたりすることもあって、そこで旅の感覚を楽しめる、と話す大原さん。「時間ができたら、近所のお寺の行事を調べて、お茶の入った水筒と御朱印帳を持って出かけます。そんな時間こそ豊かやと思いません?」
  • 京都人が買い物をする風景や玄関先に水を撒く様子など、日常に出合うことで、刺激を受けることもある。好奇心を持って生きているからこそ、発見があり発展があるというのが大原さんの持論だそう。
  • 「せっかく京都へ来られたなら、有名な場所ばかりに行くんやなくて、路地裏や地元の商店街なんかもぶらぶらしてほしい。私も旅行では市場に行きます。それは地元の人たちがどんな食材を使って、どんな料理を食べていらっしゃるかを知りたいから。国内でも海外でもそう。家族でハワイへ行ったときも、地元食材を使ってお部屋で料理してました。熊本にはキャンピングカーで行って、道の駅で赤牛を買っていただいたことも。旅行へ行って思うのは、おばあちゃんのつくる郷土料理が何よりおいしいということです。それはなぜかというと、そこには深い賢知、そして経験があるから。同じ料理を何回つくるかが肝心なんです」
  • 料理をつくることも、お茶を淹れることも、日常にすればおのずとそこに深みが生まれてくる、と。
  • テレビや書籍、講演会などを通して料理の楽しさ、おいしさを伝え続けるのは、料理をしない人にも食の大切さを知ってほしいから。
  • 「日々の生活を潤し、心を豊かにする、そんな料理を今後もつくっていきたいと思っています」
  • “好奇心を持って生きているからこそ、発見があり発展があります”

  • styling=Maki Yamasaki

CHIZURU OOHARA

  • 料理研究家。京都・花脊の料理旅館「美山荘」が生家。幼い頃から自然に親しみ料理の心得を学ぶ。結婚後、2男1女の母として、子育ての傍ら料理研究家としての活動を始める。NHK『きょうの料理』レギュラー出演、『京都人の密かな愉しみ』料理監修など幅広く活躍。著書に『大原千鶴のストックレシピ』『かんたん仕込みごはん』などがある。


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