- クラシック、ポピュラーといったジャンルの垣根を越え、明晰かつ優雅な演奏で人々を魅了しつづけているヴァイオリニストの宮本笑里さん。昨年は自作の楽曲を中心に編成したアルバム『Life』を発表するも、不測の事態によりリリースライブは延期を余儀なくされた。しかし、インタビュー直前に念願のライブを敢行。まずは、今の率直な気持ちを伺った。
「開催が決まった時は、1年越しのライブに安堵したのと同時に、まだまだ安心できない日々ではあることから複雑な気持ちでした。でも、生の音って心臓や骨に直接伝わってくるものがあるんですよね。当日は、そういった感覚をお届けできる喜びを噛みしめましたし、私自身もお客様の笑顔や拍手からたくさんのパワーをいただきました」 ザ・キャピトルホテル東急の27階「エグゼクティブ スイート」(104.7m²)にて。ゆったりと心地よく寛げるリビング、広々としたベッドルーム、上質なインテリアが癒しの時間をもたらしてくれる。高層階でコーナーにあるお部屋からは国会議事堂や東京スカイツリーなどの東京らしいビューとともに、豊かな自然も満喫できる。「東京にも緑がたくさんあると気づける眺めですね」と宮本さん。
自然と共生する都市で育まれた感性
- 音楽には言語化できない感覚を伝達する作用があるだけでなく、過去の記憶を呼び起こす作用がある。父で世界的オーボエ奏者の宮本文昭氏の仕事の関係で、ドイツに色濃い思い出がある宮本さんも、当時の記憶を思い浮かべながら演奏することがあると言う。
- 「生まれて2週間後にはドイツに連れていかれて、6、7歳頃に一度日本に戻ってきて、中学生になってまたドイツへ、という目まぐるしさはありましたが、自然豊かなドイツで過ごしたことはとても大切な経験だったと思います。日本にも素晴らしい公園はありますが、ドイツの公園は都市にあっても完全に森なんです。草や葉の香りも濃厚で、当時の家の近くに牧場のような場所があり、鶏の卵を取りに行ったりしていました」
- 70年代に連邦自然保護法が制定されたドイツは、景観や生態系の長期保護といった観点が早くから社会に根付いていた国。それもあって、ゴミの分別やエコについて、いつの頃からか自然に意識するようになっていたと宮本さん。自然を身近に感じる環境で育ち、感性を培ったからか、自然の音に癒されることも多いという。
- 「今は県を跨いでの移動が難しいですが、以前は時間が出来ると早起きしてクルマで海へ向かい、波の音を聞いてパワーチャージしたりしていました。独身時代はひとりで石垣島を旅したことも。波の音って本当に落ち着きますよね。自分がお母さんのお腹の中に居た時、聞いていた音だからなのかなと考えたりします」
- 妊娠中に音楽を聴くと胎教によいという説がある。宮本さんも妊娠中にラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』などしっとりした楽曲を聴くと、いつもよりお腹から反応が返ってきたそうだ。
- 一児の母でもある宮本さんは、日常生活でも、掃除や食事の準備など家事の合間に音楽を流しているという。プレイリストも幅広く、ビート強めのロックを娘さんと一緒になって楽しむこともある。
- 「実は以前、英語の勉強のために子供に動画ソフトを勧めたのですが、集中するあまり目を見て話してくれなくなった時期があったんです。これはいけないと、『家族同士、目を見て会話をしよう』と話して、同時に音楽をさらっと流すようにしたんです。すると子どもの宿題がはかどるようになって、会話も増えました。音楽には、その場の空気を緩め、リラックスさせてくれる効果もありますよね」
- ホテルに泊まるのも好きで、人前で演奏をする機会が減った昨年以降、気分転換のため都内のホテルに宿泊する機会が以前より増えた。
- 「気持ちが淀んでいるといい音楽は生まれません。しかし気分転換できる場所へ行くといっても、騒がしい場所には抵抗があります。リラックスできて、静かな場所となると、ホテルがベストな選択になるんです。お部屋やインテリアも快適かつ美しくなるように計算されていて勉強にもなります。Bluetoothでスピーカーを繋げて、好みの音楽を流しながらルームサービスを楽しんだり、人の気配を微かに感じながらクラブラウンジで寛いだり。普段、自分がやらなければいけないことを一切しなくていいのも有難いです(笑)。私自身がリラックスしているのが家族にも伝わるからか、お互いの時間が緩やかになるのかも」
300歳の名器は師匠のように語りかける
- 人前で演奏できない期間をチャレンジの時期と捉え、ホテルを上手く利用しながらリフレッシュしていた宮本さん。そこで一緒に移動するのは、やはりヴァイオリン。現在使っているのはイタリアの名工、ドメニコ・モンタニャーナがおよそ300年前に手掛けたという名器(NPO法人イエロー・エンジェルより貸与)だ。「絶対に毎日触らなければいけないものなので、数日家を空けるとなると必ず持っていきます。日本でいうと江戸時代から動いてきたものですから、ロマンを感じますよね。大先輩です」
- 何十、何百というヴァイオリンを試し弾きするなかで、今の楽器に出会った瞬間、運命的なものを感じた。とはいえ、そこからすぐに美しい音を出せた訳ではない。
- 「最初の頃はひどいものでした。全く反応してくれないというか、弾こうと思っても本来の音が出てくれなくて。人間関係を構築するみたいにお互い、『じゃあ、そろそろ本性を出しましょうか』と探り合っているような感じでした。もともと名器は馴染むまで時間がかかると言われていて、具体的には1〜2年かかりましたが、その分、開いてくれると深い音を出してくれるんです。とはいえ浮き沈みが激しいと言いますか、いいところを見せて幸せな気持ちにさせてくれたかと思ったら、ある日の本番で全く言うことを聞かなくなったりするんです。師匠に、『そこで甘えちゃいけないよ』と言われているようなもので、下手なことはできないと思います」
ライブでは音楽を奏でる幸せを実感できる。直接聴いてもらえる貴重さを今は痛感しているという。
photo=Hajime Kamiiisaka
空想×音楽が生み出す多幸感
- 6月末にはかつて北米にあった幻の大陸と、そこに生きた恐竜たちをテーマにした新曲『Laramidia』をリリース。日本を代表するギタリストのDAITAさんとコラボしたこの曲は、今夏、横浜で開催する「DinoScience 恐竜科学博〜ララミディア大陸の恐竜物語〜」の公式テーマ曲にもなっている。
- 「とても壮大な曲で、今にも恐竜たちが目の前で動き始めるんじゃないかというワクワク感もあり、デモ段階から引きこまれました。音楽、特にインストゥルメンタルは歌詞がない分、聞き手が好きな情景を思い浮かべることができる自由さもあります。私自身も音楽を聴く時は、行ってみたい場所に居る気分に浸ってみたり、好きな場所を思い出しながら楽しんでいます。ぜひ好きな恐竜が動いているところを想像しながら聴いていただけたら、より一層楽しんでいただけると思います」
- 音楽が、場所も時空も超えた旅へと連れて行ってくれる。宮本さんのヴァイオリンの響きは、きっとそのことを思い出させてくれるだろう。
ギタリストDAITAとのコラボが実現した『ララミディア』。様々な生き物が共生する生命力がテーマ。
“音楽を聴くことで、好きな場所や行きたい場所を思うことができる”
日常生活でも、様々なジャンルの音楽を楽しむそう。「家族とのコミュニケーションにもいい影響を及ぼしていると思います」。 - ワンピース¥92,400(MSGM/アオイ/TEL:03-3239-0341〈代〉)
hair&make=Kanako Fukushima stylist=Misako Morimoto
EMIRI MIYAMOTO
- 東京都生まれ。生後すぐに渡独し、帰国後の7歳でヴァイオリンを始める。14歳で独学生音楽コンクールデュッセルドルフ第1位入賞。小澤征爾音楽塾・オペラプロジェクト、N響、都響定期公演などに参加し、徳永二男、四方恭子、久保陽子、店村眞積、堀正文に師事。2007年に『smile』でデビューし、2020年にはミニ・アルバム『Life』をリリース。