GOURMET

2019.04.12
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「恋する色彩」第一回

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  • Erika Matsubara
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  •  「採用試験で、一番気を付けていたことはなんですか?」学生からこう質問される度に、真顔で「下着の色です」と答える私は、アナウンサーになって8年目を迎えました。人生いつでも生放送!そんな私には、ラッキーカラーである通称「エリカラー」があります。
  •  忘れもしないアナウンサーの最終試験日、私は朝から頗る緊張していました。最終は圧迫面接だと勝手に思い込み、面接官からの圧力を跳ね返す手立てはないかとモーレツに悩んだのです。結果、タンスの中で一番派手な色の下着を着用することに。真っ白なスーツの下で、派手な下着が威嚇しているとは面接官も思うまい…これなら周りにバレないし、ずっと身に付けられて願掛けも効果がありそう!妙な背徳感と優越感で強気になった私は、緊張に負けず今までにないくらい積極的なパフォーマンスができたのです。その後、無事に内定をいただき、入社。こうしてエリカラーは誕生しました。
  •  私の人生を変えたエリカラーは、「マゼンタ」という、あざやかな赤紫です。

  •  そもそもマゼンタとは、どういう意味なのでしょうか。
    調べてみると、この色が発見されたとき、イタリア統一戦争で伊仏連合軍がマジェンタという戦地で勝利をおさめたことに由来するようです。戦勝を記念して名づけられたとなれば、内定を勝ち取るため着用していたことも的外れではなさそう。
    就活という底の見えない海の中、藁にもすがる思いだった私は、こうした色からのメッセージを無意識に受け取っていたのかもしれません。

  •  これがきっかけで色に興味を持った私は、勉強をスタート。色彩検定1級の資格を取得後も、日々新しい色に出会い、恋をしています。

  •  恋する色彩。今日の私が出会ったのは、日本の歴史を彩ってきた和の色たちです。
  •  ザ・キャピトルホテル 東急のラウンジ「ORIGAMI」。開放感のある和モダンな空間でいただくアフタヌーンティーセット“Capitol Grace”は、なんと風呂敷に包まれて登場します!
  •  若葉の色をした「萌黄(もえぎ)」の布は上品な艶があり、ふっくらとした結び目をほどくと、紅白に塗られた重箱が顔を出します。
     アフタヌーンティーとしては珍しい二段のお重スタイルで、一の重には可愛らしいプティフール、二の重にはこだわりの料理が一口サイズとなって詰め込まれています。
    ORIGAMIという名前の通り、日本人らしい細やかな気遣いが嬉しい仕掛けとなって、心をときめかせてくれます。
  •  まず目に飛び込んできたのは「深紅(こきくれない)」のベイクドチーズケーキ。チーズケーキが赤いとは…中は果たして何色だろうと、フォークを差し込んでみると、純白のクリームと「生成り色」のチーズ生地がお行儀よく重なっていました。見た目のインパクトとは裏腹に、濃厚なチーズの風味と軽やかなクリームが寄り添いながら口の中で溶けていきます。
  •  紅色の原料である紅花は、茎の末に咲く花を摘み取って染料にすることから、末摘花(すえつむはな)という別称を持っています。源氏物語の巻名にもなっていて、鼻が赤く不美人な女主人公の呼び名でもありました。
     女性は美しくなるために紅をさしますが、原料である紅花には、美しくない女性を表す異称があるなんて、皮肉と茶目っ気が効いていますよね。

  •  苺のコンフィチュールと生クリームを包んだロールケーキは生地に練り込まれたアーモンドの香りがふんわり広がります。
    生地は、少しくすんだ黄の「承和色(そがいろ)」で、仁明天皇が愛した菊の花の色をしています。

  •  ビターな味わいがとろけるショコラ フランボワーズは、「栗色」のチョコレートと「茜色」のフランボワーズの配色がシック。
    ピスタチオの「鸚哥緑(おうかりょく)」がアクセントになって、色合いに動きを出しています。

  •  ガラスのスタンドには「小麦色」に焼かれた二種類のスコーンと、艶やかな「琥珀色」のメープルシロップ。その横に添えてあるミニグラスには「桜色」をした苺の冷製スープが注がれています。こっくりと飲んでみると、苺の爽やかな酸味の奥にほのかな塩気を感じます。なるほど、これはジュースではなく、スープだ!苺の甘みはふんわりとした余韻として広がり、なんとも乙女チックな気分にさせてくれます。
  •  平安時代を通じてもっとも愛された色であり、「古今和歌集」にも登場している桜色。日本人なら馴染がある桜ですが、本来の色をぱっと思い浮かべることができる人は少ないといいます。
     なぜなら人間には記憶色というものがあり、記憶の中では実際よりもその色らしさが強調される傾向があるからです。桜=ピンクのイメージが強いですが、代表的な桜であるソメイヨシノの花びらは、限りなく白に近いピンク色をしています。このように私たちは自分の目で見た色を、補正して記憶しているのです。
     つぼみが膨らんでいく様子が可愛らしく、満開の時は逞しい生命力を感じ、散るときはその儚さが実に可憐な桜。桜の花はその一生を通して私たちを楽しませてくれているにもかかわらず、本当の色を記憶できていないとはなんとも申し訳ない。桜の花を愛でるチャンスがあったら、本来の色をしっかりと心に残したいですね。

  •  苺で彩られた「鶯色(うぐいすいろ)」のピスタチオタルトケーキはしっとり甘く、「鳶色(とびいろ)」にキャラメリゼしたリンゴを香ばしく焼き上げたタルトタタンはほろ苦い。
     苺のゼリー&ムースは淡雪のような口どけが楽しめ、女性らしい「鴇色(ときいろ)」に愛おしさすら感じます。

  • 一般的に淡いピンクといわれるこの鴇色、「乙女色」という別名があります。
     鴇は白い鳥に見えますが、翼の内側は淡紅色をしています。羽ばたくたびにその美しい色が見えることから、この名前が付けられました。
     鴇のつがいはとても仲良しで、片方が命を落とすまでパートナーが変わることはありません。江戸の乙女たちが鴇色を好んだのは、鴇のように大切な人と仲睦まじく暮らしたいという想いからか、あるいは、秘めた恋心を隠れた翼の色に重ねては、大空へ羽ばたく鴇にのせて天まで届けと願ったのかもしれません。乙女色の由来は乙女椿といわれ、花言葉は「控え目な愛」。なんともロマンティックですよね。
     鴇色は、若く未熟な想いの中でも愛を紡ぎ合い、一度結ばれれば生涯途切れることはない深い愛情を感じることのできる、可憐で情熱的な色なのです。
  •  スイーツのイメージが強いアフタヌーンティーですが、こちらは食事メニューも豊富。
    「甘い・からい」の幸せループで最後まで楽しむことができます。
  •  ORIGAMI人気メニューの一品、萬幻豚グリルは噛みしめるたびに旨みと甘みが広がります。「海老茶(えびちゃ)」色の焦げ目は香ばしく、豚肉のまろやかな甘みを引き立ててくれます。
  •  「金糸雀(カナリア)」色のグリエールチーズと、鮮やかな黄色をした「蒲公英色(たんぽぽいろ)」のチェダーチーズのサンドウィッチ。
     甘酸っぱくて歯ごたえが楽しいピクルスは「猩々緋(しょうじょうひ)」や「黄丹(おうに)」の鮮やかさが目立ちます。
  •  猩々とは中国の伝説上の獣で、朱紅色の体毛をした猿に似た生き物の事です。もののけを題材にした日本の有名なアニメ映画にも登場するので、実は知っている人も多いかもしれません。
     黄丹は紅花と梔子(くちなし)で染めたオレンジ色で、718年に皇太子の礼服の色として制定されてから現在も受け継がれています。長い間、臣下の服色としては使えない禁色(きんじき)とされていました。禁色の最たるものは、天皇の礼服の色である「黄櫨染(こうろぜん)」で、日光を象徴した赤茶色です。複雑な染め方をしているため、複製も難しく、照明によっていろいろな茶褐色に見えるそうです。
     世界的には国王や皇帝の色は原色が多く、二流とされた混色をさける傾向がありました。そのため、日本のように最高権威の象徴色が2次色なのは珍しいようです。

  •  濃厚なフォアグラのテリーヌと、ほんのり歯ごたえが残る桃のコンポートは「灰桜(はいざくら)」と「真紅」の組み合わせでどこか官能的。まったりとした食感と甘みが奥深いです。

  •  程よい塩気のある「東雲色(しののめいろ)」のスモークサーモンに身を包んだ、きめ細やかな「一斤染め(いっこんぞめ)」のムース。添えてあるイクラがキラキラと輝き、コース料理でいただく前菜のようでした。

  •  東雲色とは、東の空が夜明けの光に色づくのを思わせる、ほのかな黄赤色です。「曙色(あけぼのいろ)」ともいい、朝焼けを表現した晴れやかなイメージがあります。サーモンなのに鮭色ではないのが、色の面白いところでもあります。
     一斤染めは、紅花一斤(約600g)で絹一疋(2反)を染めた淡い紅色のことです。平安時代は紅花が高価だったため、濃い紅色は一般の使用が禁じられるほどでした。ですが、一斤染めのような薄い紅色ならば着用が許されたことから、「聴色(ゆるしいろ)」とも呼ばれたそうです。当時に生まれていたら、エリカラーのような濃い色を着用することはできなかったのですね。
  •  そんなことを考えながら、気付けば完食。なんとも贅沢な幸福感に満たされています。アフタヌーンティーは、一度に沢山の色に出会えて、美味しい、可愛い、楽しい!と、いいこと尽くし。出会ったすべての色をご紹介したかったのですが、今日はここまで。
  •  私たちの生活は色で溢れ、周りを見渡すと数えきれないほどの色に囲まれています。色にも、私たちと同じように名前や歴史があり、メッセージを発信しています。それらは言葉や時代を超えて、私たちの心に直接語りかけてくるのです。
     色を愛し、色に愛されれば、人生はもっとあざやかになる!そう思うと、出会わずにはいられません。
  • 恋する色彩。きっと私は、明日も恋をするでしょう。


  • ※ラウンジ「ORIGAMI」 アフタヌーンティーセット
     本文に記載のメニューは2019年3月31日までのものとなります。
  • 参考文献…『色の名前事典507』(著:福田邦夫、発行:主婦の友社)、『色彩検定 公式テキスト1級編』(監修:内閣府認定 公益社団法人 色彩検定協会、発行A・F・T企画)

「恋する色彩」

松原江里佳


  • 松原江里佳(フリーアナウンサー)
    1989年5月5日生まれ。東京都出身。
    札幌テレビ放送でアナウンサーを務め、2015年フリーアナウンサーに。現在は日本テレビ「news every.」リポーター、FMヨコハマ「COLORFUL KAWASAKI」にレギュラー出演の他、日本テレビ「踊る!さんま御殿‼」、「今夜くらべてみました」等のバラエティー番組にも出演。テレビやラジオ、イベントの司会など様々な場で活躍。色彩検定1級、カラーセラピストの資格も持つ。
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